COLUMNS / ミームコインの流行サイクル 第1回
ミームコインとは何か──冗談で作られた通貨が、なぜ人を惹きつけるのか
犬の写真がついただけのトークンに、数千億円の値がつくことがあります。詐欺と切って捨てるのは簡単ですが、それでは何も分かりません。まず、これが何なのかを整理します。
先に結論
ミームコインとは、技術的な用途をほとんど持たず、冗談や画像、内輪のネタそのものを 価値の中身とする暗号資産です。ビットコインが「送金や価値保存の仕組み」を掲げ、 イーサリアムが「その上でアプリを動かす基盤」を掲げるのに対し、ミームコインが掲げるものは、 しばしば犬の写真1枚だったりします。
それでも価格がつきます。理由は単純で、買う人がいるからです。 そして買う人がいる理由は、値上がりを期待しているからだけではありません。 面白いから、仲間がいるから、自分もその冗談の一部になれるから。 この「経済的な理由と、経済的でない理由が混ざっている」ところが、 ミームコインという資産の本質であり、他のどんな金融商品とも違う点です。
1何が「ミーム」なのか
ミーム(meme)は、生物学者リチャード・ドーキンスが1976年に『利己的な遺伝子』で提案した 言葉です。遺伝子が生物の体を乗り物にして複製されるように、模倣によって人から人へ複製されていく文化の単位をミームと呼びました。 流行歌のサビ、言い回し、作法。インターネット以降は、画像やネタ動画が その代表になりました。
ミームコインは、この「勝手に複製されて広がる性質」に、売買できる持ち分をくっつけたものです。 ネタが広がるほど、その持ち分を欲しがる人が増える。 広告費を1円も払わずに、面白さそのものが宣伝になる。 この構造は、実のところ非常によくできています。
最初の例は2013年のドージコイン(DOGE)でした。柴犬の画像に たどたどしい英語を重ねた当時の人気ネタ画像を、そのまま通貨の名前にしたものです。 作ったのは2人のエンジニアで、暗号資産バブルへの皮肉として作られました。 皮肉として作られたものが、10年後に時価総額で世界の上位に居座り続けている。 この居心地の悪さが、ミームコインという分野の出発点です。
2なぜ冗談に価格がつくのか
株式なら、その会社が稼ぐ利益が価格の裏づけになります。債券なら利息です。 ミームコインにはそれがありません。では価格はどこから来るのか。 仕組みの側から見ると、答えははっきりしています。価格とは、誰かが今それを買った値段のことです。それ以上でも以下でもありません。
ミームコインの取引の大半は、DEX(分散型取引所)で行われます。 ここには売り注文と買い注文を並べる板がなく、代わりに流動性プールという2種類の資産を入れた箱があります。 たとえば「ETH」と「あるミームコイン」の箱です。 誰かがETHを入れてミームコインを取り出すと、箱の中のミームコインが減ってETHが増える。 すると次にミームコインを取り出す人は、より多くのETHを払うことになります。 これが値上がりの正体です。
誰かがETHを1入れてコインを取り出すと、プールはETH 11・コイン約909に。
このときコイン1枚の値段はETH 約0.0121。1回の買いで約21%上がった。
重要なのは、箱が小さいほど、同じ金額の売買で価格が大きく動くという点です。 流動性が数千ドルしかないコインなら、数百ドルの買いで価格は倍になります。 10倍、100倍という数字がミームコインで頻繁に起きるのは、 対象がそもそも極端に小さいからです。 そして同じ理屈で、売るときも同じだけ激しく下がります。 上がりやすさと下がりやすさは、同じ一つの性質の裏表です。
3なぜ人は惹きつけられるのか
値上がりへの期待だけでは説明がつきません。それなら他にも投機の対象はいくらでもあります。 ミームコインに特有の引力は、少なくとも4つあります。
単位が安く、たくさん持てる
1枚0.000001ドルのコインを100ドル分買うと、1億枚の保有者になります。 ビットコインを100ドル分買っても0.001枚にしかなりません。合理的には同じことなのに、心理的にはまったく違う。 「1億枚持っている」という感覚は、参加している実感を強く与えます。 この効果は昔から知られていて、株式の分割で株価が下がると 個人の買いが増えるのと同じ現象です。
物語を共有できる
ある企業の四半期決算について雑談で盛り上がるのは難しいですが、 犬の画像のコインなら誰でも会話に入れます。専門知識が要らないぶん、参加のハードルが極端に低い。 そして人は、自分が買った物語が正しかったことを証明したいので、 買った後にその物語を広めます。保有することが宣伝行為になる。 この点で、ミームコインは投資対象というより共同体への加入に近い性質を持ちます。
結果がすぐ出る
株式投資の答え合わせには数年かかりますが、ミームコインは数時間で出ます。 しかも値動きは激しい。短い間隔で、大きな結果が、予測できない形で返ってくる—— これは行動科学でいう「変動比率スケジュール」そのもので、 スロットマシンが人を離さない仕組みと同じ構造です。 面白いと感じる理由と、危険な理由が、ここでは完全に一致しています。
失う金額の上限が見えている
信用取引と違い、現物のミームコインは買った金額以上には失いません。 最悪でもゼロです。「1万円が消えるか、100万円になるか」という賭けは、 宝くじと同じ形をしていて、人はこの形の賭けを好みます。 損失が有限で利益が青天井に見えるものに、人は実際の確率より高い値段を払う。 ミームコインの価格には、この「宝くじへの割増料金」が常に含まれています。
4ミームコインは時代の記録でもある
このサイトが銘柄を年鑑の形で記録しているのは、値動きを追うためだけではありません。その時期に何が流行り、人々が何に怒り、何を笑っていたかが、 そのままトークンの名前になって残るからです。
ある年は犬でした。ある年はAIでした。ある年は選挙でした。 そして今、Robinhood Chainというチェーンの上には、 株式市場のスラングや、2021年に個人投資家が経験した出来事に由来する名前が並んでいます。 なぜそうなったのかは第4回で扱いますが、 ここで言いたいのは、ミームコインの一覧がその時代の空気のインデックスになっているということです。
値動きは記録されなければ消えます。熱狂も、失敗も、同じように消えます。 消える前に書き留めておくと、次に同じ形の熱狂が来たときに気づける。 この連載は、そのための資料です。
ここまでのまとめ
- ミームコインは、冗談やネタそのものを中身とする暗号資産で、事業の裏づけを持たない
- 価格は流動性プールの残高比で決まる。プールが小さいほど激しく動く——上にも下にも
- 時価総額は「最後についた価格 × 枚数」の計算値で、入っている資金の額ではない
- 人を惹きつけるのは、単位の安さ・物語の共有・結果の速さ・損失の有限性の4つ
- 面白さの源泉と、危険性の源泉は、同じ性質から来ている